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花霞む梵(1)
「花霞む梵」
空しき、益なき日々過ごし居りぬ。
今日も今日とて勤め終え、家路へと車走らす我。
今日は昨日のくりかえし、明日は今日のくりかえしならん。かつて命かけにしランボーの放浪旅、はたそは何のたわけたりしか、痴れ事なりしか。
我ごとき匹夫の、また臆病者の為すことにあらざりき、そも人としてすべかざることなりき。
二年ばかりを欧州に中近東に、またアジアに、無為のホーボーとにただ過ぐし来たるのみのザマなれば。今はもや三十、四十にして生きる甲斐なき恍惚人となりぬ。はたそは親はらからへの忘恩、その罪業と帰結、その因果でなしということあらざるべし。
されば彼の黒田三郎の詩、いかにもわがことにて違わず。無為の戦に生き残りて戦友らと花札に興じ居る詩人。のちサラリーマンとに世を送る、そこに不条理の極みを見るよりは、いっそ屍(おろく)の兵士でありたれば安けしものを。さのごとく我いま、馬酔木の香に酔いしれ、咽ばざるということなし…
かくばかり沈む心根に呼応したもうや、天。
この五月晴れの空を、花霞む、鈍き空模様としたまえり。いまその西空に夕日かかりてあり。
日頃愛で止まぬ夕焼け空なれど今宵は鈍し。
パステル画のごとく焦点さだまらず、
日の輪郭さえも定かならずしてあり。
されどこれも描きしは神の御手。
地球生誕以来弛まずその御手もて描き続けたる、
数十億回分の一なる妙画というもの。
これもまた梵、霞む梵なりき…
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