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ゆっくりの世界(1)
「ゆっくりの世界」
私の歩みは遅い。
一歩、また一歩、やっとの思いで足を進める。まだ三十八でしかなのに、私の歩みはまるで老人のようだ。
一歩歩くたびに激痛が腰に走る。
痛さのあまり脂汗が顔に浮かぶ。
ため息をついてビルの壁に手を置き、しばらく立ち止まらざるを得ない。
通りでは誰もが皆急がしそうに歩いて行く。
さっき一人の男が舌打ちをして私を追い越して行った。女子高生の二人連れが「プータロー」と小声で云い、笑いながらすれ違って行った。
しかし考えてみれば私も、ちょっと前までは彼らと同じように歩いていたのだ。
人混みの中さっと身をかわし、人を追い越しては、まるで競争でもするかのように早く、早く、とにかく早く歩いていた。
それはたぶん、世の流れに遅れまいとして…いやむしろ、それに流されていたからだろう。みんな早ければ、気づくもんじゃないさ…。
それがいまでは嘘のよう。
小刻みに、まるでゾンビのように歩いてく。
一歩一歩がたまらない痛みだ。
「なぜこんなことに…?」と神をさえ恨みたくなる。トラックの運転手の職業病だよと云われればそれまでだが、納得できるものじゃないさ。「なぜ自分が?」「仕事ができないじゃないか」「(人生は)不公平だ」等々、愚痴が尽きることはない。
―この痛みはなんのための痛みなのか?
―この痛みは身ではない。心の痛みだよ。
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