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ゆっくりの世界(2)
馴染みの運河の畔へようようの思いで身を運ぶ。欄干に肘をついて眼下の川面に眺め入る。早春のさわやかな風を受けて、たろやかに水が流れて行く。
「おーい、川よ。俺はこの先いったいどうなるのかな?たしか俺は大型の免許を取って、あの資格も取って…いい仕事見っけて、金を稼ごうと…」
川の水が一瞬笑ったような気がした。
さらに川面を見つめていると、いろいろな人の顔が水に浮かんでは流れて行った。
自由で、とらわれのない、みんないい顔をして流れて行った。
「おい、いつまで‘ねばならぬ’人生を送るつもりなんだ?重い荷物はみんな捨てて、流してしまえよ。その腰にかかえている、重たいやつをさ」
とそう云って、流れて行った。
―新しい世界を見よ。触れよ。
―主が重荷を担ってくださる。
家路につく私。
駅からアパートまでの距離が途方もなく長い。だけど、そのいつもの道が、今日は特別。今日は新鮮。痛みを受け入れたゆっくりの目で見ると、いままで見えなかった、いや、見なかったものが、よく見えて来る。
足もとの草が、側面のブロック塀の割れ目が、その奥の庭先で植木に水をやっている老婆の姿が、見える。夕焼けの空が見える。通りの銀杏の木に手を触れ、全身大で見る。その葉っぱ一枚一枚までもが見えて来る。
ああ、なんとゆっくりの世界は豊だったのだろう!あせって、生き急いで、その実私はすべてをPASSしていた。このままもし突っ走っていたならば…?
ゆっくりの世界はこうして私を止めてくれた。しかし、はて、いつかどこかで、私は同じことに気づかなかっただろうか…?
―そう。スイスの白銀の窓辺で。
この先、もしかしてまた、私が道を外したならば、ゆっくりの世界は、また現れてくれるのだろうか? いつでも…?
―然り。重荷となって現れよう。都度現れよう。あなたが荷を望むからだ。主が何度でも背負われたのに。主があなたに御頭を下げられて、合掌されてまで、託されたことを、あなたが忘れる度に…。
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