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夜のタブロー(2)
時が返った。
図書館前の階段を上って来た男があっけなく女子高生の前を通り過ぎて行く。女子高生も自転車に乗って家路へと就くようだ。時刻は閉館少し前の午後8時頃か。三々五々他の来館者たちも帰って行くようだ。
いったい何を見たのだろう?
街灯に照らされた館前の一角が小雨に煙り、そこに浮かんだ木や人のシルエットがいかにも幻想的で、偶さか現れた女子高生をそこに見た時、画像がフィクスし、時が止まったのだった。だから…
この‘夜のタブロー’を描いたのはこの俺で、それに見入っていたのもこの俺だ。そして迫り来る怪物も俺だったのに違いない。俺は人と、現実と交われぬ男。闇に潜む、オペラ座の怪人。いとしきはただ、この‘夜のタブロー’なりき…
おお、乙女子よ!
我、エルデンより追われし者にあらず。汝に見立てし清心ともに、この世に園を為さんと、そこゆ降り来たりし者ぞ。さるを…
いま俗世に惑わされ、汝を失いたるはいかなる愚迷のザマなるや。この失念がむた(=とともに)斯くも醜き、悍しき形(なり)となるは道理ぞかし。
おお、汝、乙女よ!
我、闇の怪人となり果つるとも、汝を忘れることよにあらざらん。
我をば忌むな、恐れるな。君、忘れじの清心の、甘き実よ!いま再び我をも引き連れ、汝が降臨の願いに戻れよかし。
我にやさしき言葉を掛けさせたまえ、
再びの天使の笑みを投げさせたまえ…
〈乙女〉
「キャアー!やなこった。図書館に潜むオペラ座の怪人め、プータローめ!」
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