理性と感情の狭間に

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足元に置いてあった荷物を抱きかかえ、小野寺さんに背を向けたままもう一度立ち上がると、 「待って、違う」 左手首を掴まれて。 違うって、何が……? さっきの小野寺さんの表情が、説明するまでもなく全てを語っていたじゃない……。 「離してください。お願い……」 懇願したつもりが、逆にぐっとその手に力が込められてしまう。 「……今ならまだ、明日にはちゃんと上司と部下に戻れますから……!」 私は……嘘つきだ。 もうずっと前から、ただの上司としてなんか見ていないのに。 数秒、重苦しい沈黙が流れて、小野寺さんはゆっくりと私の手首を解放した。 ぶらんと垂れ下がった自分の腕が、一秒前まで触れていた感触をもうすでに恋しがっている。 自分から離してと突き放したのに、バカみたい。 小野寺さんが今どんな顔してるのかわからない。 とても視線を合わせることなんて出来なかった。 「……お大事にしてください」 消え入りそうな声で呟いて、私は部屋をあとにした。 ――――私に、隣県に新しくできる系列結婚式場へ、期間限定の転勤の内示が出たのは……その翌々日のことだった。
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