Identity -Tasuku side-

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俺の会社のデスクの引き出しには、明後日原田に渡す手筈の整った、転勤の内示文書と新規オープンの系列式場の資料がしまい込まれている。 ……あいつは、まだ何も知らない。 年明けに人事からオープニングスタッフの打診があったとき、『新館を任せられるような小野寺が信頼できる人間を』と言われ…… 原田しかいない、と俺はそう思った。 ウェディングにかける情熱。 丁寧で間違いのない仕事振り。 一人一人の顧客を大切にし、寄り添う姿勢。 あいつのブライダルプランナーとしての資質は、俺が今まで見てきた中でも群を抜いていた。 仕事としてだけでなく、心から結婚式を楽しんでいる。 それは、お客さんにも必ず伝わるものだ。 あいつはひたすら恐縮していたけど、だてに二年連続お客様アンケートで顧客満足度ナンバーワンに選ばれてないと思う。 原田は、人の心に寄り添うのがうまい。 スッと空気のように溶け込んでくる。 そしていつの間にか、心許せる存在になっている。 俺も例に漏れず…………ってか。 ――明後日、原田に内示を告げるとき、俺はどんな顔をしてるだろうか。 原田にとってはステップアップのためのまたとない好機だ。 あいつの上司として、不安のないように背中を押して送り出してやらなければ。 そう思う気持ちとは裏腹に、手の届かない所に自ら追いやるような罪悪感に似た感情と、全てを無視してでもこの腕の中に閉じ込めたくなる感情とに、板挟みにされて身動きが取れない自分がいるのも確かだった。
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