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「残念だけど、僕にそんな権限はないんだ。申し訳ないけど、君たち家族が選ばれないように祈ることしかできない」
いつもと同じように断りを入れた。
「……そうなのか。オレはてっきり、抽選ってのは表向きの話で、火星に送られる人間はお前たちが意図的に選んでるもんだと思ってたよ」
畠山は続ける。
「火星行きのシャトルが出発する前、見送りのシーンが中継されることがあるけど、よく見てると火星に向かうのはいかにも健康的で働き盛り、それに社交性もありそうな人ばかりに見えるんだよな。有名な学者や技術者、芸術家にアスリートなんかもたくさん送られてる。逆に、柄の悪い人間や不摂生に見える人はいなかったように思う。それだけ見てると、火星に送られるのは特定の条件を満たした、選ばれた人間なんだろうなって思わざるを得ないんだ」
「……うーん、自分から火星に行きたいと志願してくる人については、確かに審査が行われている。これは公表されているとおりだよ。でも、一般の人々は本当にランダムなんだ。君だって、すべての移住者を念入りにチェックしたわけじゃないだろう? たまたまそういう人達が目についただけだよ」
「そう、か……」
畠山は納得していないように見えた。丁度コーヒーが運ばれてきて、彼はブラックでそれをすする。
「やっぱり、ズルはできないか」
カップを置いた畠山は愁いを帯びた笑みを浮かべた。わかってくれたのだろうか。
「自分たちだけ嫌なことから逃げようってのは、さすがに虫が良すぎるな。すまなかった」
こういう潔さも昔から変わらない。かえってこちらが申し訳なく感じてしまう。
「同じように僕に相談してくる人がたくさんいるんだ。みんな本当は行きたくないんだよね……。力になれなくてすまない」
「いや、気にしないでくれ。お前に迷惑をかけるつもりはさらさらないからな」
何となく、気まずい沈黙が続いた。カップを置く音がいちいち気になる。
「しかし驚いたよ。お前が宇宙オタクなのは知ってたけど、まさか火星移住機構で働いてるとは思わなかった。まあ、今回連絡したのも、それを偶然知ったからなんだけどな」
畠山は気を取り直すように、優しい表情をして言った。
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