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良く沈黙が怖いと言う人はいるが、それはボクと彼女に限ってはありえない。こんな風に一緒の空間にいながらお互い黙って好きな事をしている。となり合って座っている彼女の少し足の指が、肩が触れている体温が心地いい。
今日の彼女は何やら昔の難しい本を見ている。彼女は読書家でいつもこういう時は大体本を読んでいる。それはボクには出来ないことだ。ボクは精々一冊本を読むのは雑誌が限界だ。
だからこういう時、ボクは彼女の邪魔をしない様にスマホを弄っている。
この何とも言えない陽だまりの様な時間。ボクはたまらなく好きなんだ。彼女といられるこの時間が。
だけどそれも今日でお終い。
何故なら彼女はボク以外の男がいるのだ。何故ボクがその事を知っているかと言うと、この前街で彼女を見掛けた。彼女は甘えた様に男の腕に絡み付き、ボクには決して見せないオンナの表情で男に笑い掛けていた。
いやいや、ただの見間違え。もしくは兄弟なのかも!そんな一縷の望みでボクはこっそりいけないことだと分かっていながら(止めろ!引き返せなくなるぞ!)という心の声に蓋をし、彼女が眠った事を確認してから、彼女のスマホのロックを外してラインを見る。決定的だった。もう覆せない。彼女は新しいその男に夢中なのだ。
だってボクにはくれない、いつもボクが促してようやく頷くだけしてくれる愛の言葉を彼女はラインでも雄弁に語っている。街でもラインでもそして肌でも――
もう肌が、テンポが、感じるポイントも全部が全部合ってくれないのだ。どれもが彼女がボクから離れていることを示している。とんだピエロだ!
……惨めだ。知ってしまった以上もう彼女と付き合い続けられる訳もない。せめてボクから離れよう。それがせめてもの仕返しだ。
バイバイ。ボクを裏切った彼女。どうぞ幸せに……いや、不幸になってくれ。
でもボクの口から言うのが怖い。どうかボクの覚悟が決まるまでそのまま本を読んでくれ。そうすれば、ボクの覚悟が定まらなくて済むから。
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