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……凄まじい激闘の末、イリスとケイリンは闇焔公を斃した。だが闇の貴族は最期まで地上のものを呪い続けた。闇焔公の亡骸は黒い泥水に変じて疲れ果てた二人を襲った。
「何だ、これ……!?」
呻くイリスに蒼白のケイリンが叫ぶ。
「魔性の呪いが具現化している!」
「何の呪いなんだ!?」
ケイリンは沈黙し、ややあって答えた。
「……変貌だ。あらゆるものを原初の混沌に戻す、これはそういう呪いなんだ」
「どうすりゃいい!?」
「助かる方法はあるよ。ただしイリス、君は今の君でなくなるかもしれない。覚悟を決めてもらえるかい?」
イリスは驚いたが、不敵に幼なじみに笑いかけた。
「どっちにしろ、このままじゃ助からねぇんだろ? ならオレはお前に賭ける」
「ありがとう」
ケイリンは長い呪文を唱え始めた。静かに、子守歌でも歌うような調子で。呪いの具現化した泥水は最初のうちこそ泡立っていたが、やがて鏡のように静まり返った。
次第にイリスは意識が薄らぐのを感じた。ただ、隣で穏やかに詠唱するケイリンの声だけが響いている。
――ねえ、イリス。僕らはしばらく眠ることになると思うよ。たぶん、岩か何かになるんじゃないかな。
脳裏に響いたケイリンの言葉に、イリスは微笑んだ。
――何だよ、それ。
――強力な呪いだからね、最悪の変貌を回避するにはそれしかないんだよ。何年も僕らは眠るだろう。そして目覚めたとき、君はきっと何か違う君になっていることだろうね。
――お前はどうなるんだ?
不安を覚えてイリスは問う。ケイリンはそれに答えなかった。
――僕はヴァルフリートを護って、然るべき人に渡すとしよう。今度は、その人が僕の代わりになるだろう。
――待て、ケイリン!
最後に聞いた声は、ひどく遠かった。
――僕はこの呪いが地に災いをもたらさないようにする。でも、待ってるよ。いつか、僕を目覚めさせてね……。
そしてイリスの意識は闇に消えたのだ。
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