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――しっかりしろ!
遠くで声が響く。低い、芯の通った、耳に心地の良い声。
――おい、アンタ、大丈夫か!?
さっきよりも近くから声が聴こえ、次の瞬間、
「痛っ!」
頬に痛みを感じてイリスは目を見開き、慌てて閉じた。
暴力的なまでの光の洪水に眼球が悲鳴を上げた。
しばらく呻き、そして様子を窺いながら恐る恐る目を開ける。今度は眩しいものの、徐々に辺りの景色が像を結んだ。
まず見えたのは女の顔だ。明るい赤毛の髪の活発そうな若い女がこちらを覗き込んでいる。
「気が付いたみたいだね。大丈夫かい? 言葉は分かる?」
彼は頷き、からからに干からびた喉から声を絞り出そうとして咳込んだ。
「ああ、まずは水を飲みな」
女は彼の頭を軽く持ち上げ、革製の水袋をあてがった。ほんの少し葡萄酒が混ざった水を貪るように飲みながら、身体の芯まで渇ききっていたことを自覚する。最後の一滴まで飲み干すと彼は長い溜息をついた。
水がこんなに美味しく感じたのは久しぶりだ。以前にもこんなことがあった。あのときはケイリンが水を飲ませてくれて……。
――ケイリン?
彼は目を見開き、慌てて上半身を起こした。軽くぐらりと視界が揺れたが、こらえて女に尋ねる。
「ケイリンを……色の白い魔法使いの男を見てないか? オレの仲間なんだ」
女は驚いた様子だったが、すぐに答えた。
「いいや、ここにはアンタしかいなかったよ。魔法使いはしばらく見てないねぇ」
「そう……か」
肩を落とし、ふとイリスは気づく。
「ここはどこなんだ……?」
二人がいるのは天井の落ちた廃墟の一角のようだった。こんな場所はイリスの記憶にない。
「ここは<名も無き英雄の墓所>と呼ばれてるよ、今はね。かつての<闇焔公の城>といえば分かるかい?」
その単語を聞いたとき、イリスの背筋に冷たいものがはしった。
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