オルタナティブ・リスタート

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 闇焔公。地上に顕現した魔性の貴族のひとり。呪詛と怨念の炎を自在に操り、王国の西方を己が領土として数十年にわたり支配を続ける恐怖の存在。その土地に取り残された人間たちは、魔性の気分で慰みになぶり殺されたと聞く。それが――。 「待ってくれ、ここが闇焔公の居城?」 「元、だよ。もう闇焔公はいないんだから」  イリスはくらくらした。 「闇焔公がいない……?」  女は唖然とした表情を隠しもせずに答えた。 「なに寝ぼけてるんだい? 闇焔公は十年前に斃されただろ? ……アンタ、まさか本当に知らないのかい? どこの深窓のお嬢様だよ、まったく……」  イリスは既に混乱の極みに達していたが、女の言葉に一瞬だけ我に返り、自身の身体を見下ろした。  目に映るのは、ぶかぶかの衣に包まれた細い手足、細い腰、そして膨らんだ胸元。――どう見ても若い娘の身体だ。  これは夢だと叫びたかったが、視覚も触覚もこれが現実だと突き付けてくる。  恐怖と混乱が雪崩を打って理性を押し流し、耐え切れず彼は再び意識を失った。次に目覚めたときには、慣れ親しんだ男の身体に戻っていますようにと切望しながら。
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