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イリスが男に戻ることはなかった。
慣れない女の身体で、最近十年間の記憶が全くない状態で、自分が最後に何をしていたのか思い出すことも出来ず、彼は絶望のどん底を味わっていた。
イリスを介抱していた女はギルダと名乗った。
「するとアンタ、元は男だったって言うのかい?」
「ああ、名はイリス、東の果ての村出身。剣士だった」
ギルダは面倒見の良い性格らしく、彼が故郷を出てからの記憶を辿るのに付き合ってくれた。十七の歳に村を出て、魔法使いケイリンと二人で旅に出たこと。国中を巡り、数々の冒険をこなしたこと。だが。
「駄目だ、どうしてこんな場所にいるのか思い出せない」
イリスは頭を抱えて呻いた。
そのとき日は既に落ち、ギルダは湯を沸かして夕食の支度を始めていたが、不思議そうに首を傾げた。
「アンタの言葉は創作にしちゃ筋が通ってる。その冒険をした男は実在したんだろうさ。でもそれはアンタ自身の記憶なのかねぇ?」
「どういう意味だ?」
尋ねると、ギルダは言葉を濁した。
「今のは忘れてくれ」
「そんなこと言われちゃ余計気になるだろ。言ってくれ」
「分かったよ。あのね、記憶を他人に写す魔法の話は聞いたことがある。だが、男を女に変える魔法なんてのは聞いたことがない。アタシはこれでも、遺跡調査を生業にする冒険者だ。魔法の痕跡についちゃちょっと詳しい。でもアタシの知識の範囲には、性別を変える魔法ってのはないんだよ」
「そんなバカな!」
イリス、あるいはイリスという男の記憶を宿した娘はいきり立った。
「これがオレの記憶でなくてたまるか!」
「落ち着きなよ、あくまでも仮定の話をしてるんだから。そういう可能性も考えておいた方が良いってだけで……」
「ふざけるな!」
イリスは激高した。
「さっきからあんた、オレを混乱させるようなことばかり言って!」
これにはギルダもむっとしたような顔をする。それが余計に癪にさわり、イリスは立ち上がって炉端を後にした。
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