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八坂神社を出た後まだ暫く日野を散策したかったので、駅とは反対方向へ歩いて行った。大勢の人が行き交う横断歩道で、ふと背後から声がかかる。
「あの、貴方。落としましたよ。 」
「え?あ、ありがとうございます!財布落とすなんて私何しよんだろか...。 」
背後を振り向くと、そこには何処と無く気品の漂う女性が居た。どうやら財布を落としていたのに気付かず、そのまま行ってしまいそうになっていたのを親切に呼び止めてくれたらしい。
「里乃。どうしたんだい。 」
女性と連れ立って歩いていたのだろう男性が近くへ寄ってきた。男性も柔和な雰囲気を漂わせていて、何だか2人が隣り合っていると惚れ惚れとしてしまう。
「恵介さん。この方、財布を落としてしまって呼び止めたところなの。良かったわ。そのまま行ってしまわないで。お金が無いのってとっても大変だから。 」
「そうか。君、もしかしてこっちに出てきたばかりかい? 」
「ええ、そうです。でも、どうして分かるんですか? 」
「僕もこっちへ出てきた頃、同じように財布を落としたから。その時は、誰も拾ってくれていなくて途方に暮れたのを覚えているよ。 」
恵介はあはは、と笑い話のように自らの経験を言ってのけた。それってかなり深刻な状況やないん?とけらけら笑う恵介を千香が不思議そうに見ていると、里乃が千香に声をかけた。
「貴方、お名前は? 」
「森宮千香です。財布を拾って頂いて本当にありがとうございます! 」
すると里乃は小さく驚いた表情を見せ、にこりと笑った。
「そうなんやね。千香さん、とっても良い名前やね。 」
「里乃、時間に遅れる。急ごう。千香さん、すまない。僕たち実は急いでいるんだ。 」
里乃と千香の間にほんわかした空気が流れていると、急に恵介が腕時計を確認し切羽詰った表情を浮かべた。
「あら。それはあかん。千香さん、ごめんね。でもまた会える気がするさかい、話はその時に。 」
「?は、はい。 」
「それでは失敬。 」
足早に去って行く恵介と里乃の後ろ背を見送りながら、千香は暫く財布を抱えたまま状況が飲み込めずにいた。
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