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人の死を悼むにはあまりにも美しい、とても晴れた午後に一人のお婆さんが死んだ。
春の日差しが徐々に夏の気配を帯び始める、そんな季節だった。
お婆さんにはヒカルとレイという二人の孫がいた。
兄弟が物心ついた時から、お婆さんは入退院を繰り返していた。
消毒液臭い病院や病に侵された祖母は、小さい兄弟にとっては決して気持ちの良いものではなく、次第に病院から足は遠ざかっていた。
そんなこともあってか、肉親の死という現実も、この兄弟には、童話の中の出来事の様に現実感の無い出来事でしかなかった。
四十九日が過ぎ、お婆さんの遺品整理が始まっても、それは変わらなかった。
二人の小さな世界には、祖母の死という小石が投げ込まれたところで、波風一つ立たなかった。
そう、あの本が出てくるまでは。
◇
「ごめんねー、お婆さんの遺品整理をしていたら遅くなっちゃった」
家の前に銀色のワゴンが止まる。疲れ果てた顔のお母さんが、窓から見ていた二人の兄弟に向かって手を振った。
「ちゃんとお昼ごはん食べた?」
「うん。ちゃんとチンして食べたよ」
母親は玄関で黒いパンプスを脱ぎ捨て、買い物袋の中の野菜を仕舞おうと、台所へ向かった。
一方、父親は巨大な紙袋を手に、疲れた顔で玄関に腰掛けた。
「おかえり、お父さん」
ヒカルとレイが駆け寄ってくる。
二人の髪をなでると、お父さんはニヤリと笑った。
「二人にお土産があるぞ。お婆さんが、お前たちにも遺品を残してくれたんだ」
鞄から取り出したのは、一冊の古ぼけた革表紙の本だった。
「本!」
「僕にも見せて!」
ヒカルとレイは目を輝かせた。この兄弟は、小学生ながら本の虫だ。大の本好きだったお婆さんの血を受け継いだのだろう。
しかしヒカルはその本を開いて首をかしげる。その本の中身はどこまでめくっても真っ白で、何も書いていないのだ。
「お父さん、何も書いてないよ?」
「ほんとだ!」
お父さんも、それを見て首をひねる。
「あ、そうそう」
エプロンで汚れた手を拭きながら、パタパタとお母さんがやってきた。
「お婆さんからの手紙もあるのよ」
ヒカルは手紙を受け取ると、レイと一緒に読み始めた。
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