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Ⅰ
「ただいま!」
「恵、お帰りなさい!」
沙羅の明るい声が答える。
仕事から疲れて帰ってきて、それだけでうれしい。
台所からの香りで今日の夕食の何かを想像する。
「まだ出来ないの、もう少し待っててね」
鍋をかき混ぜながらあわてて君が言う。
「着替えてくるよ」
僕は笑いながら奥の部屋へ。
“あ、そうだ”
“鉢植え”
着替えをすませて窓際に置いてある鉢植えに水をあげる。
ふっと右腕に温もり。
「まだ咲かないねぇ」
いつのまにか隣に来ていた君が覗き込みながら心配顔で言った。
「ここ最近寒いからね。もうちょっとで咲くよ。きっと。」
「楽しみだなぁ」
お玉をフリフリしながら嬉しそうに笑った。
「あ、お鍋、お鍋!」
あわてて台所に戻る後ろ姿が可笑しくて笑ってしまった。
沙羅がどうしても花を種から育てたいといって、鉢選びから、土をどうするとか、悩んでるなと思ってたら、いつの間にか窓辺に鉢植えがおいてあった。花の名前はうろ覚えで、種の袋の写真がきれいで一番好き、というだけで選んだらしい。君らしいよ。
芽が出て茎が伸びていくつかの小さな蕾。
あと少し。
僕も楽しみにしている。
「シチュー美味しかったよ」
「ありがと。で、明日はどうするの?」
食器を片付けながら沙羅が何気なくたずねた。
「久しぶりに海に行こうよ。ずっと行きたがってたろ?」
一瞬手を止め、眼を輝かせて満面の笑みで叫んだ。
「やったー!嬉しい!」
いつもはのんびりやる片付けを猛スピードで済ますと、明日の準備をいそいそと始めた。
「お昼はなに食べようか、服はなに着ようかな、サンダルでいいよね、あとね」
色々カバンに詰めようと、沙羅が行ったり来たりするのを眺めながら、僕は明日が晴れるように願っていた。
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