【1】島

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 船が島に着いたのは昼だった。  桟橋に足をつけた俺の前に、一羽の鳥が降り立って口を開く。俺はそれを一瞥すると、そのまま歩き始めた。  港から東に向かって道なりに、分かれ道を右に、砂浜が見えたら坂を登って、その上にある大きなシュロの木の横。  赤い屋根、白い壁、茶色の扉。それが父さんの診療所。俺の新しい家。  玄関をくぐると、中は思っていたより綺麗だった。20年も使っていないというのに、塵の一つも見当たらない。  小さな受付、木のテーブル、整理された棚。あまりにも片付いた待合室に違和感を覚えながらも、俺は診察室に入って行った。    診察室の奥には通路があって、その先に父さんは住んでいた。  小さなリビングの中には机や戸棚など、どこにでもありそうな家具が置かれている。  俺は背負っていた荷物を置くと、テラスに出て周囲の様子を見渡した。    まず目に留まったのは海と空だ。視界を遮るものは何もなく、どこまでも青が続いている。  波が白い砂浜に打ち付けられ、飛沫が光を反射してきらきらと輝く。その奥で水平線が何も言わずに真っ直ぐ佇んでいた。    反対側には大きな山が聳えていた。梺から中腹にかけては木々が繁茂しているが、頂上の辺りは茶色い岩がむき出しになっている。深い緑の所々に黄緑色の若い葉が生えていて、風に揺られてさわさわと鳴っていた。    町では見ることのなかった景色。初めての経験。真新しい世界。その筈だったのに。  
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