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出会い
三徳富士(さんとくふじ)から人が下りてくるのが見えたので、慧(さとい)は咄嗟にポイ捨てしようとしていたゴミを握りこみ、立ち止まることなく歩道を前進した。
前方からは、四十五リットルごみ袋を両手に持った三徳駅の名物男が歩いてくる。少し伸びた黒髪、眼鏡、ひょろりとした体躯。遠目に見るいつもの男だ。
――三徳富士の良心。
慧は心のなかでそう呼んでいた。話したことはないし、名前も知らないが、ここ三徳富士と、駅周辺で見かけたことが何度かある。慧の母親の情報によると、男は三徳富士から異臭を放つ原因――山に不法投棄されたゴミを片付けるボランティアをしているようなのだ。仲間はいないみたいで、いつも一人だ。目撃する時間帯は朝だ。平日、大学に行く途中で見かける。今日は土曜日なのだが――慧は大学の友人とオールでカラオケしてきた帰りだった。
なんとなくバツが悪くて、男とすれ違う瞬間、慧はうつむいた。すると不意に声をかけられる。
「あの、捨てたいならどうぞ」
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