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いたずらっぽく笑い、清宮が背伸びをして、慧の頬に軽いキスをしてきた。
――なんだよそれ。猛烈に可愛いんだけど。
自分の顔がふやけていくのが分かる。
「サトくん、勉強頑張ってね」
ニコニコしながら手を振る清宮を、思いっきり抱きしめる。
――ああもう、あんたにメロメロなんだ。全部あんたの言う通りにするよ。
慧は断腸の思いで清宮から体を離し、玄関に走った。ドアを開ける。
外は晴れている。梅雨は明けていないのに、湿っぽさもない。煤けた臭いもさきほどより薄くなっている。
住宅街を走る。車一台通れるぐらいの狭い道、バナナの皮が落ちているゴミ置き場。近くを年配の男が犬を引いて歩いている。
これといって感動的な風景が広がっているわけでもないのに、胸がいっぱいになった。
今、ここから、素晴らしい世界が始まる。そんな期待と確信に、慧の心は躍動していた。了
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