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三徳富士から百メートル圏内に、清宮が住むアパートはある。引っ越しする際に、ちゃんと三徳富士のことをリサーチしていたら、ここに住むことはなかっただろう。不幸なことに、清宮と元妻がこのアパートを不動産会社の営業とともに訪れたとき、風向きの関係で異臭に気がつくことはなかった。だから三徳富士が産業廃棄物の違法投棄場所だなんて気がつかなかった。普通の山だと思ったのだ。緑は茂っているし、木もたくさん生えていたのだ。
「今日もゴミ拾い? 偉いわね」
近くのアパートの住人が、ゴミ出しをしながら清宮に声をかけてくる。
軽く会釈を返して、清宮は三徳富士を目指す。
――いつも三徳富士でゴミ拾いやってますよね。なんでやってるんですか。
ふいに佐藤慧の声が、耳の内側でリフレインする。
――そこに三徳富士があるから……俺は登山家か。
セルフのり突っ込みをして、口を閉じたまま笑う。
さいきん自分は、独り言ばっかり言っている。一人で家にいるときはかなりの確率で。
――楽しいから良いんだ。誰もいないし。孤独上等だ。
帰ってきたら、またあのメタルコアを聴こう。妻がいたときは、スマホから流しているだけでもうるさがられた。
住宅街を抜け、工場と車道に挟まれた歩道を歩く。すぐに三徳富士の入り口が見えてきた。すでに仲間は来ている。自分より十歳若く、背が高くて顔もなかなか良い若者――佐藤慧、二十歳。
遠目でも、彼が自分に向かって手を振っているのが分かる。
清宮は手を振り返し、小走りになって慧のもとに向かった。
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