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清宮はジーンズのポケットに手を突っ込んだ。だが小銭は入っていない。千円札が一枚だけ。百円のゴーグルとマスク一枚に千円は払いすぎだ。だからといって、全然お金を払わないのも社会人としてのプライドが許さない。大学生に物を貰うのは嫌だ。
「――これ、受け取って」
清宮は慧に、折りたたんだ千円札を渡そうとした。
「いや、そんなにたくさんもらえません。百八円なのに」
慧が恐縮したように手を左右に振った。
「でも、タダで貰いたくないんだよ」
「じゃあ――」
慧がちょっと嬉しそうに笑った。何か良いことを考え付いたような顔。
「ファミレスでモーニングセット奢ってください。それなら四百円ぐらいだし」
「え」
「清宮さん、いつもゴミ拾いの後、デミーズに行ってますよね」
「なんでそれ……」
慧の言う通りだった。清宮はいつも、ゴミを収集車に出して慧と別れたあと、一人でファミレスに行き、モーニングセットを食べているのだ。
「すみません。一回、清宮さんのあとつけて見ちゃったんです」
「おい」
ちょっと嫌な気分になる。勝手に自分の行動を観察されていたのだ。
「ごめんなさい。いつも気になってたんで。ゴミを出したあと、すぐに家に帰らないなあって」
慧が両手を合わせ、またシュンとした顔をする。少し犬っぽい。どうも憎めない。清宮は犬好きだった。
「いいよもう――」
清宮はため息交じりに言った。
「じゃ、モーニングセット奢ってくださいね」
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