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男は慧の足元にずっしり重そうなゴミ袋を置いて、玉結びしていた袋の口を緩めた。少しの隙間なのに、ムワっと硫黄のような腐った臭いが漂ってきた。自然と息を止めた。どう反応すべきか慧が困っていると、男は急かすように言う。
「さっきなにか捨てようとしてたでしょ。ついでなんで、どうぞ」
その言葉に、慧は居たたまれない気分になった。顔が熱くなる。バレていたのだ。
慧は少しかがんで、握りしめていたゴミをゴミ袋の中にそっと入れた。ゴミは小さかった。味のなくなったガムをティッシュに包んだものだった。
「すみませんでした」
ポイ捨てをしようとしたことを責められている気がして、慧はつい謝罪の科白を口にした。
すると一瞬、男はぽかんとした。まさか謝られるなんて、と驚いたのかもしれない。
「ポイ捨てなんて、人としてダメですよね」
わざと自虐的な物言いをすると、「いや」、と男がつぶやいた。
「罪悪感とか羞恥心? そういうの、持っているだけマシだから」
同じポイ捨てをするにしてもね、と言いながら、男がぎこちない笑みを浮かべた。そのとき慧は、初めて彼の顔を至近距離でしっかりと見た。どうせクソ真面目で不細工なおっさんだろう、とイメージ先行で馬鹿にしていたのに、著しく違っていた。
――なんだよ。けっこうイケてるじゃん。
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