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慧が男の持つゴミ袋に手を伸ばすと、体を引いて避けられた。
「いや、自分で持てますんで」
「いや、重たいでしょ。持ちますって」
もう一度手を伸ばすが、またもや拒否される。案外この男は頑固なようだ。気が合う。慧も頑固なのだ。
「いや俺が」「いえ僕が」の応酬になり、あれっ? と思う。既視感。
――あ、あれだ。女の子とご飯食べに行って、おごるか割り勘でもめたときみたいな。
らちが明かない。慧が半ば強引にゴミ袋を奪い取ると、男は観念したように息を吐いた。
「じゃあ、持ってもらおうかな。でもこれ、つけて。そのゴミ袋汚いから」
たしかにビニール袋には茶色い液が点々と付着していた。
男はジーンズのポケットから、一組の軍手を出し、慧に手渡してきた。
「破れたとき用に、予備で持ってるんだ」
「なるほど。準備が良いですね」
軍手をはめて改めてゴミ袋をつかんだ。
「駅に行くから」
そういった後、男は無言になった。話すことがないのだろう。
歩道から逸れて高架下に入る。しばらく二人は並んで無言で歩いていたが、ふと男に対し質問がふつふつと湧いてきた。
「いつも三徳富士でゴミ拾いやってますよね。なんでやってるんですか」
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