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男はあからさまに不機嫌になった。鼻にしわが寄っている。感情的になった顔のほうがが、イキイキしていて良い。目は輝きを放ち、血色の悪かった頬に赤みがさしている。
怒った顔の方がイケてるなんて珍しい人だ。
「偽善を楽しみましょうよ、ふたりで」
「なに言って――」
彼は科白半ばで口を閉じた。
『バックします。ご注意ください』という自動音声が聞こえてくる。ゴミ収集車が近くを通っているのがわかる。
いつの間にか二人は高架下を抜け、小さい駅前商店街に足を踏み入れていた。
そのまま歩いているうちに、ごみ収集車が視界に入ってきた。ふたりは車に近寄り、作業員に直接ゴミを手渡した。
「ご苦労様です」
ねぎらいの言葉も忘れない。男はさっきからずっと良い人だった。完璧だ。
「なんでゴミを手渡しするんですか」
軍手を外す男に、慧は問いかけた。三徳富士からここまでくる間に、いくつもゴミ収集場所が点在していた。そのどこかにゴミを紛れ込ませればよかったのだ。
「ちゃんと消えるところを見届けたいんだ」
「そうっすか。真面目なんですね」
遠足は家に帰るまでが遠足、という遠い昔の先生の声が頭によみがえった。
「もうゴミ捨ては終わりだよ。軍手返してくれる?」
若干、苛立ちを含んだ声で男が促してくる。だが慧は、ここで終わりにしたくなかった。
「もらっちゃダメですか。次のごみ拾い、俺も手伝うから」
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