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邪な発想が浮かんで、清宮から目が離せなくなった。今日に限ってその唇は潤っていた。今日に限って、邪魔なレンズがなかった。手の振動によって、長い睫毛が細かに震える。
「終わったよ。ノーミスだった」
いつの間にか、演奏は終わっていた。
清宮が達成感溢れる声で「どうだった?」と聞いてくる。
「俺、この曲好きで。良かったです」
自分の声が掠れている。早く帰ろうと思った。
「あ、そうなんだ。サティ、好き? ジムノペディ二番とジュトゥヴも練習したから、また今度聴いてね」
「ジュトゥヴ」
おうむ返しになる。そのタイトルの和訳は、まさに自分の気持ちそのもので。
「ジュトゥヴってさ、曲想はのほほんとしているのに、題名は情熱的なんだよね」
清宮がくすっと笑って、ピアノ曲集を閉じた。
「あなたがほしい」
譜面台に置かれた細い手首しか、慧の視界には入っていなかった。
「そうそう、曲とタイトルがマッチしていない代表的な――」
清宮の声が不自然に止まる。
慧は清宮の手首を掴んでいた。
見た目通り、力を入れて捻れば容易く自分の思い通りになってしまいそうな、細い手首。
「さとくん?」
きょとんとした清宮の顔を見た瞬間、抑え込んでいた劣情が一気に溢れた。
衝動のままに、清宮の体を椅子の座面に押し倒した。長方形の座面は、清宮の軽い体を支えた。
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