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山火事
慧に首を噛まれた日の翌日。
清宮は寝坊した。
昨晩、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。体は疲れているのに精神が昂っていて。それに、慧に噛まれた場所が、熱くて。
「なんだったん? あれ……」
他人の首を噛むとかおかしいと思うのだが。謝られたから許すべきなんだろうか。
体がなんだか怠い。頭の中は、慧の辛そうな顔と、「ごめんなさい」という科白が、渦を巻いている。
「今日は月曜日で。可燃ごみの日だ」
自分に言い聞かせて、ベッドから下りた。慧は来ているだろうか。
いつもの待ち合わせ時刻は六時。今の時刻は七時二分。完璧遅刻――そこまで考えたところで、外が騒がしいことに気がついた。近くの音は隣人のお喋り。遠くでは――消防車のサイレンの音。煤けたような臭いもする。
――火事かな?
清宮は猛スピードで普段着に着替え、玄関から外に出た。
両隣の住人が、廊下で興奮気味に話し込んでいる。
「どうしたんですか?」
変な胸騒ぎがした。
「ああ、清宮さん。三徳富士が火事になってるのよ」
――嘘。
清宮は衝動的に走り出していた。住宅街を抜け、三徳富士が見える歩道に走りこむ。顔から汗がだらだら垂れた。
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