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赤い目の少女
丘から見下ろした一面のブドウ畑は行儀よく整列していた。その中で作業をする人たちは、ブドウに群がる害虫みたいだ。
車から降りた僕は、目の前に広がる初めての風景に、頭がぼんやりしてくるのを感じた。町には、こんなに沢山の緑はなかったし、こんなに風は強くなかった。その上、臭いまで――。
青臭くて薬みたいな――母さんが寝込んでいる時に父さんが作る、特製スープみたいな臭いだ(母さんがスープのお礼を言っているのを、聞いたことがない)。それが、畑の方から風が吹き上げるたびに鼻の奥に入りこんでくる。喉の奥に渋みが広がって、思わず咳き込む。
「クローヴィス、先に帰っていなさい」畑に下りていた父さんが走って戻ってきた。僕の頭に手を置いて、車の方に声を掛けた。「ギルマン、牛に気をつけてな。のろまなようで、突然、走り出したりするから」
「はい、ご主人様」
「クローヴィス、行きますよ」車の中から母さんが呼んだ。
その時、畑の反対側から風が吹いた。砂埃が舞い上がって、目を閉じる。すると、さっきまでとは違う、甘酸っぱい香りが立ちこめた。驚いて目を開けると、そこには、水色のワンピースを着た女の子が立っていた。水色といっても、雨の日の池みたいにひどく汚れている。町では見かけたことのない長い灰色の髪はもつれて広がっている。櫛を通そうとしても、歯が折れてしまいそうだ。
女の子も、突然の風に目を閉じていた。その目が、ゆっくり開かれる。
そして僕は息を飲んだ。
その右目は、母さんの指輪と同じルビーの色をしていた。
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