帰省

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 リビングの炬燵(こたつ)でくつろいでいると、母親が外行きの服を着てやって来た。母は料理上手。私も兄も、母が作る肉じゃがが大好物だった。今夜はきっと肉じゃが。上京して親元を離れた学生時代から、帰省するたびに肉じゃがを用意してくれていたから。  二人が家を出たのを確認すると、私は真っ先にある一室へ向かった。両親がいると、おそらく気を遣わせるだろうから敢えて入らなかった部屋。  暗く(きし)む階段を足早に上がって右の突き当り。異様な空気を放つ扉の前。まるでここだけ世界から切り離されたような。  そっと扉を開けると、少し埃っぽい臭いに顔をしかめる。掃除はしているようだが、普段は全く入らないのか人の匂いが一切しない。 「何も変わってない。あの日から、何も。」  日焼けした写真立ての中には、テーマパークで撮った二人の写真。側には安物のシルバーリングが、指輪の箱に綺麗に収まっていた。  丁寧に持ち上げて、左手の薬指に嵌めてみる。緩くて手を振ったらすぐに抜けてしまいそう。この指輪は兄のもの。そして、私との誓いの証。 「……ん、これは?こんなの初めて見た。」  ふと机に目をやると、一冊の色褪せた本。表紙には『青い僕らの旅行記』、作者は――『青野蒼衣』。
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