1.天才と秀才

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 屋上へと続く階段を上って行く。重い鉄の扉を押し開くと、冷たい風が吹き込んできた。  視界の向こう、背の高い鉄柵に腰掛け足をぶらつかせる少女が一人。  肩の上で紅茶色の髪が揺れ、唇は濡れた薔薇のよう。一歩間違えば転落死するような体勢なのに、彼女はしどけなく、優美だ。  一瞬だけ息を止める。  そして、その一瞬で、退屈そうだった彼女がこちらに目を向けた。  長い睫毛に囲われた中に、魔力でも詰まっているみたいだ。冷ややかで、憂鬱で、抉り出したくなるほど美しい瞳。 「やぁ、花音。そろそろ来る頃だろうと思ったよ。田中先生はご立腹かい?」 「ええ、貴女のせいで残り少ない毛髪が燃え尽きそうなくらいにね。こんなところで油売ってないで仕事しなさい。生徒会長でしょう?」  かつかつと歩み寄り、手をつかんで引きずり下ろす。が、彼女は軽やかに着地すると、ダンスのようにくるりと私を回した。 「副会長が有能だから、私など不要だと思うけどね。まあ、ここまで迎えに来てくれた君に免じて行くとしよう」  口の端をちょっと上げて、気怠げに、私の頭を幼子にするように撫でる。  私は彼女の手を払いのけ、さっさと歩き出した。顔を見られたくなかったが、うつむきたくもなかったから。  有能?……笑える。酷い皮肉だ。  卑屈に歪む唇を噛んで、耐える。  全てにおいて自分より優っている相手からの世辞など、憎悪の起爆剤でしかない。  小倉花音は、内海ななせという天才に、勝てないのだから。
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