act.01

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「そんな顔したってダメよぉ。麻酔があるなら、始めからしろっていうんでしょぉ。向こう見ずなダメ刑事には、そんなこと言う資格なんてないんだからねぇ」  櫻井は、和泉の視線を避けるように、少しとぼけた顔をした。いつも無口で無愛想だと言われているが、注意深く見ていると、櫻井は意外に表情が純粋で豊かである。ただそれが露骨に表に出ないだけだ。和泉はそれが分かっているからこそ、この刑事の無鉄砲さが余計に心配なのだった。  和泉は診療台から離れて、薬品棚から麻酔薬の小ビンを取り出す。 「まったくぅ、あんた程この病院の常連客はいないわよ。何回通ったら気が済むの。ま、私としては、その度に櫻井のヌードが見れて嬉しいけどさぁ。もっと自分の身体大事にしなきゃダメよ。身体はひとつしかないんだから」  注射針をビンに差し込みながら和泉女史は、診療台に座る櫻井の姿を見た。  櫻井は、背が取り分け高い訳ではないが、脚は長い。柔道で鍛えているだけあって、実務的な筋肉がびっしりとついており着やせするタイプだが、こうして黒のトランクス一枚で、張りのある浅黒い素肌を晒しても、こざっぱりとした清潔なイメージがある。  艶のある漆黒の髪は短く切りそろえられ、すらりと伸びた鼻梁や切れ長の瞳が余計にこの男の“誠実さ”を現しているようで、清々しい。     
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