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誰もいない早朝の柔道場。
清らかな朝に光が差し込む畳張りの部屋に、青年の荒い呼吸音と、それに混じって数を数える声が響く。
壁際の横柱に黒帯を結わえ付け、櫻井正道は一心不乱に背負い稽古を行っていた。
櫻井が黒帯を肩越しに引く度に、柱が悲鳴を上げ、汗が飛び散る。
櫻井は口で大きく息をしながらも、淡々とした表情で数を数え続けていた。
顔の傷も目立たなくなり、身体の方も左上腕の包帯のみで後はカサブタがこびりついている程度だ。
腕の傷は既に抜糸されていて、主治医の和泉から「あまり無理はしないように」と言われているが、毎日欠かさず行っている朝稽古をしないでいると若い身体が鈍って仕方がなかった。
謹慎処分を受け、何もせずに独身寮の部屋にいると、考えたくないようなことまで考えてしまって、どうしようもなくなる。
腕の傷は痛かったが、櫻井の持つ心の傷は、更に深かった。
常に櫻井には、自分の過去に犯した過ちに対する負い目があり、それがいつも彼を捉えて放さないでいた。だがしかし、その“負い目”が、今の彼を支えているのも事実である。
身体の中にたまった泥は、常に浄化させなければならない。
人は様々な方法で、泥を吐く。
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