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ふと背後の靴音が気になって少しだけ振り返る。
女はハイヒールを履いていなかった。まるで男が履くような色気のないローファーを履いている。
よく見れば、アクセサリーと言った類のものも一切つけていないし、化粧もしていないようだ。
井手が櫻井の視線に気がついたらしい。先ほどと同じ薄い笑いを再び浮かべた。
「仕事に女は持ち込まないようにしてる。特に刑事事件が絡んでいる仕事は。私の性が、接見者の気を惑わすといけないので」
しかし井手はそれでも十分洗練されていて美しかった。
女性的な美しさというより、透き通った氷のような美しさがあった。
櫻井と井手が刑事課に入ると、取調室から出てきた担当検事と本庁の刑事が二人、井手を出迎えた。
「お待ちしておりました、先生」
「被疑者に接見する前に、彼に関する客観的なデータをください。それから、犯行時と逮捕された時の状況報告も合わせて。被害者のデータもいただけるとありがたいわ」
的確な要求と隙のない口調。こういう話し方をする女性を嫌う男達も多いだろう。現に頭を下げている本庁の刑事達の表情には苦々しいものが含まれている。人間の反応に敏感な櫻井には、それがすぐに分かった。
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