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act.02
| 第2章 |
── 分かっている・・・分かっているんだ、いつだって。
男は、焦っていた。
早く実行に移さないと、自分の方が押しつぶされてしまうと。
腕時計のタイマーが鳴ったことが合図だった。
そう、自分が新しい自分に生まれ変われるチャンス。
曲々しい束縛から、解放される時。
男の身体中を、甘い衝動が駆け巡る。
この先の角を曲がれば、あの女がいつも利用している喫茶店がある。
この時間は、近所の暇と金だけ有り余っている中年女連中と、実のならない話に花を咲かせているはずだ。
── 急げ・・・急げ・・・。その時は近い。
脳髄の向こうで、あの声がする。
早くしないと、自分がダメになってしまうよ。
あの女に、負けてしまうよ。
ねぇ、あの女は、本当にこの世に必要なの?
男は、小走りに喫茶店のドアまで近づいた。
ドアを開けると、目標はすぐ近くにいた。
「あら、由紀夫。どうしたの? こんな時間に。あなた、お仕事は?」
午前中の間に美容院できれいにセットしてもらった女の銀髪が、嫌にギラギラと輝いて見えた。
男は、女の言ったことに一言も答えなかった。
代わりに、果物ナイフを女の喉に突き立てたのだった。
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