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今。
いつも通り買い物をして、家に帰る。
色々な生活臭の混じった、独特のにおいがする。古くて安い部屋でも、昔はこうではなかったのだが。
ドアを開け、妻の靴を避けて玄関に上がる。
家の奥に、妻の気配はある。
僕と妻の、二人分の万年床が敷かれた和室に。
最後に布団を干したのはいつだっけ。
「ただいま」
お帰り、の声を、もう長いこと聞いていない。
満面の笑みも、感謝の言葉も受けることはない。これから先もないだろう。当たり前のことをしているだけなのだから。
買い物の荷物を、雑多に物の乗ったキッチンのテーブルに置く。
二人分の食器が、朝出かけた時のまま、片づけられずに残っている。
僕が洗い物をし、僕が掃除しなければ、この家はもう何も綺麗にならない。
それは分かっている。
やって当たり前のことなのだ。
ため息を噛み殺して、僕は何日か分の溜まった洗い物を始めた。
その時。
「あなた」
「えっ?」
「あなた、お買い物してきてくれたのね」
僕はしばらく呆気に取られた。
妻が奥の部屋から出てきて笑っている。
もう二度と見られないと思っていた笑顔で。
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