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「いつも本当にありがとう、あなた」
ほうけてる場合ではない。
僕は妻に駆け寄り、抱きしめた。
「君が、またそう言ってくれるなんて!」
奇跡だ。もうそんなことはあり得ないと思っていた。
いや、勝手にそう思い込んでいたのだ。
「何言ってるの、おかしな人ね」
「夢みたいだ。いや、きっと今までが悪夢だったんだ。これから現実に戻るんだな。ごめんよ、君」
現実を見ろと、今まで何度も自分に言い聞かせた。
期待などしてはいけないと、飽きるほど自戒した。
それがどうだ。
奇跡は起きる。起きるのだ。
見ろ、僕の妻を。年を取り、丸みを帯びた体も、いくつものしわも、全てが愛らしい。
「どうしたの? 何を謝っているの?」
「悪夢の中で、僕は、買い物なんてうんざりだと思っていたんだ。掃除も洗濯も炊事も、虚しくて辛くて、面倒で下らなくて、やめたくて仕方なかった。なんでこんなことしなくちゃならないんだって、本当は不満しきりだったんだから!」
「そうだったの。これからは私がお買い物に行くわね」
「何を言うんだ、僕の楽しみを取らないでくれ」
僕の目からは嬉し涙が溢れていた。
止めようがなかった。
そんなことでと人は言うかもしれない。でもこれが、こんなことが、僕の人生には絶対に必要な、大切な喜びなのだ。
「よかった! 君と結婚してよかった! 君といると、幸せばかりだ! 悪夢のような生活は、終わったんだ!」
夢から覚め、気がつくと、僕はひとりで、万年床の中にいた。
もちろん妻が僕を優しく揺り起こしたのではなく、ひとりで勝手に寝疲れて、起きたのだ。
どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。最近はこういうことが増えた気がする。夢のような夢を見ることも含めて。
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