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チナの病室に着き、ひとつ深呼吸をした。
「お兄ちゃん、コクハク、コクハク。ワクワク、ドキドキ」
僕は口の前に指を立ててエマに「静かにね」と告げた。やっぱり教えなきゃよかった。
それでも小声でエマは「ワクワク、ドキドキ」と呟いていた。
病室の入り口に『飯波ちな』と名前が書かれている。
名前はひらがななのか。
僕は病室に入り、チナのベッドのほうへと歩みを進めた。
いた。間違いない。
「こんにちは、えっと飯波さん。僕、同じ小学校の六年の五十幡侑真です。わかるかな」
「えっと、えっと、五十幡エマだよ。ハンバーグ、覚えているかなぁ。バナナ牛乳、覚えているかなぁ。ねぇねぇ。もふもふ様は覚えているかなぁ」
エマが割り込んでチナのベッド横に行ってチナに問い掛けている。
「あの、私……。なんのことかわからない」
えっ、わからない。どういうこと。
「僕のこと、わからないのかな」
「ごめんなさい」
「えっ、えっ、うんとね、エマのことも忘れちったの」
チナは小首を傾げていた。なんだか混乱しているみたいだ。
「そんな、そんな、そんな」
エマは俯き狐神様をみつめていた。
「しかたがない。霊体になったときの記憶は覚えていないことはよくあることだ。寝ている時に見る夢と同じ感覚と言えばわかるか。まあ、これから友達になればいいんじゃないのか」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「エマ、そうする。チナちゃんとお友達になる。ねぇねぇ、いいよね」
チナの手を取りニコッと微笑んだ。
「可愛いね。エマちゃん」
「僕の妹なんだ。すっごく可愛いでしょ」
チナは僕にも微笑んでくれた。
「あっ、お兄ちゃん。真っ赤っかになっちった。あのね、あのね、チナちゃん。お兄ちゃんはね、チナちゃんのことが、〇×*%$#」
僕は気づくとエマを捕まえて口を押えていた。
チナがキョトンとした顔をしている。
「ごめん、なんでもないんだ。気にしないで。いててて。噛むなエマ」
「お兄ちゃんがいけないんでしょ」
チナがプッと吹き出していた。
僕は頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
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