思い出と共に。

2/2
前へ
/2ページ
次へ
ブクブクと歩く。 場所は船。 彼女の歩く両側には、船室が連なっている。 一つの船室扉の前にたち、ノブに手をかけ、押し開く前に呼吸を整えた。 あれからもう、どれ程の年月が過ぎただろうか。 それを思うと、胸のうちがチリチリと、ホコホコと、そしてズキズキと、複数種類の感覚がいっぺんに押し寄せる。 扉を押し開け、船室にはいる。 大きなベッドや木製の立派な机が、不自然に部屋の隅によっていた。 視線をさ迷わせて、目的の物を探す。 そのなかで。 泥や土汚れが堆積する床に、一つの小箱を見つけた。 彼女はそれを取り上げると、積もった汚れを手で払い、暫し見つめてそっと抱き締めた。 耳元に声が届く。 |《皆さま、本日は「遊覧!海底散歩でデトックス!」にご参加くださり、誠にありがとうございます。残念ではございますが、浮上まで残り五分になりました。所定の場所までお戻りになり、係り委員の指示にお従いください》 彼女は、くっと力のはいる唇に別れ難さを閉じ込めて、小箱を床に戻した。 そして、立ち上がって船室扉まで戻ると、出ていく前に一度振り返って、別れを告げる。 『また、会いに来るね』 扉が閉められたあと、海の底の船室に一切の光は届かず、小箱は静かに残された。 なかに仕舞われた思い出と、一冊の日記と共に。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加