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ブクブクと歩く。
場所は船。
彼女の歩く両側には、船室が連なっている。
一つの船室扉の前にたち、ノブに手をかけ、押し開く前に呼吸を整えた。
あれからもう、どれ程の年月が過ぎただろうか。
それを思うと、胸のうちがチリチリと、ホコホコと、そしてズキズキと、複数種類の感覚がいっぺんに押し寄せる。
扉を押し開け、船室にはいる。
大きなベッドや木製の立派な机が、不自然に部屋の隅によっていた。
視線をさ迷わせて、目的の物を探す。
そのなかで。
泥や土汚れが堆積する床に、一つの小箱を見つけた。
彼女はそれを取り上げると、積もった汚れを手で払い、暫し見つめてそっと抱き締めた。
耳元に声が届く。
|《皆さま、本日は「遊覧!海底散歩でデトックス!」にご参加くださり、誠にありがとうございます。残念ではございますが、浮上まで残り五分になりました。所定の場所までお戻りになり、係り委員の指示にお従いください》
彼女は、くっと力のはいる唇に別れ難さを閉じ込めて、小箱を床に戻した。
そして、立ち上がって船室扉まで戻ると、出ていく前に一度振り返って、別れを告げる。
『また、会いに来るね』
扉が閉められたあと、海の底の船室に一切の光は届かず、小箱は静かに残された。
なかに仕舞われた思い出と、一冊の日記と共に。
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