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「雪、綺麗だね。」
はらはらと降る雪から目を逸らし、少女はカメラを持つ手はそのままに、目線だけを少年へ向けた。だが、少年は光のない瞳でどこかを見つめている。
「ここのこと覚えてる?…初めて好きだよって、言ってくれたところだよ。」
「……」
「あの時は春だったけれど、今は冬になったんだよ。」
「……」
「最後に、一緒に見たかったの。……ありがとう、小春。」
そう言って少女はカメラを少年の横顔に向けてシャッターを切った。
少年、小春が脳死状態になったのは奇しくも麗らかな春の日。少女、冬華の誕生日だった。飛び出した猫をトラックから助けるために彼は引かれたらしい。
彼が引かれた衝撃と悲しみに押し潰され、冬華は泣き崩れた。
脳死状態になれば死を待つばかりである。回復の兆しはないと医者に言われたが、小春の両親はそれでもと言って眠り続ける彼を病院に預けた。
それからしばらく経ったが、小春に回復の兆しは見られず、人工呼吸器を外せば直ぐに小春の命の灯は消えてしまうだろう。それでもきっと回復する、目を覚まして笑いかけてくれると思わざるをえなかった。
小春の両親はどうにかして助けたいと訴えたが、医者は苦い顔をするばかりだった。それもそうであろう。なにせ脳が死んでいるのだ。たとえ帰って来たとしてもそれは小春だとは、あの時の彼だとは到底思えないと冬華は一人つぶやいた。
やがて小春の両親は諦めざるを得なかった。最後は彼女である冬華に会わせてくれた。
だが、やはり小春は何も反応はしてくれなかった。
だが、それでも冬華はそばに、少しでも長くとなりにいたかった。
小春が瞳を開けたのは今日、初雪の降る日だった。
それを見て、小春の母は冬華に言った。
「冬華ちゃん。小春ね、もう長くないの。…それで、最後はあなたと一緒にいさせてあげたいの。」
その言葉に冬華は静かに頷いた。
あの場所に行くためには、人工呼吸器を外さないといけない。だが、それは小春の命綱であり、それを外してしまえば小春の死を意味する。
小春の両親、担当医と話し、そして決めた。
…小春の、命綱であるーー人工呼吸器を外すことを。
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