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なんにせよ、やたら恥ずかしがるのだ、この男。ただひとこと「ハロー、アイム・ルッキング・フォウ・ジョブ」をホテルやレストランの受け付けで云えばいいのに、しかしそれができない、恥ずかしいから(もはや自嘲だった)。なんとしてでも、どのようにしてでも、職にありつかなければならないにも拘らず、である。たとえばここスペインに来たのだってやはりそうだ。先進のドイツやスイス、ベネルクス3国などと比べれば賃金が安いことは知っていたが、スペインに対する郷愁とでもいったものがあって、また同国人の気安さなども思いやり、ひょっとして職を探すにも探しやすいのではないかなどと、勝手に慕って、思い込んで、かく来たのだった。とにかくジャスト、気の弱い男だったのである。この俺は…!
とにかくそのような経緯と塩梅でこの地バルセロナに来たのだが、スペイン自体は始めてではない。すでに過去3回訪問している。その時はまだユーレイルパス(1ヶ月間西ヨーロッパ諸国の鉄道を乗り放題という結構なもの、それもすべて1等車で)というものがあったのでそれができたのだが今はもう失効していた。にも拘らず今度は高い運賃を払ってこのような遠方のバルセロナに来たわけは、ドイツ・ベネルクス3国・フランスでのバイトさがしが前記したように‘恥ずかしくて’うまく行かず、それならひょっとして南、温暖な地中海沿岸では?などと徒に期待して南仏を訪れてみたのだがそれもうまく行かず(ニース、モンテカルロモナコなど高級リゾート地だったのであり、なおさら恥ずかしかった…)、畢竟以前にたずねて親しみを覚えていた、スペインにやって来たという次第である。
しかしこのバルセロナはマドリッドでもそうだったがなにがしか郷愁を誘われる街である。なぜかよくわからないが一昔前の日本というか、自分自身の姿を彷彿とさせられるのだ。今の日本は(1973年当時)ダイナミックであり、高度経済成長の余波が続いていて、依然変化の真っ只中にある。戦後は疾うに終わってインフラや社会システムにおいて一段上の、よりマティリアルな指向を強めているようだ。GNP世界2位とか息巻いている。ところがこのバルセロナには港町のせいもあるだろうが、まだ俺が子供だったころの日本、分けても庶民たちのなつかしい匂いが色濃く残っているような気がする。
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