第1章

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「なあ。俺たち男同士、腹を割ってなんでも話さないか」  俺はテーブルの向かいに座る藤堂にそう言った。彼はうちのチームのエースだ。これまで五年連続で二桁勝利を挙げている。今年も開幕から絶好調だったのだが、交流戦を前にして急に調子を落とした。失投は増え、サインは見間違え、アウトカウントまで間違える。つまらない凡ミスが原因で失点を重ね、このところ黒星が続いている。  トレードで今年からこのチームに入団し、正捕手になったばかりの俺としては不安でならない。俺がキャッチャーの座に就いたからおかしくなったのではないかと憶測してしまう。こんな状態では他の投手の時にも影響が出そうだ。だからはっきりさせようと、彼を居酒屋に誘ったのだ。 「え?なにが?」  彼はわかりやすい作り笑いを浮かべ、突き出しの枝豆をつまんだ。 「いやさ、最近お前、急に調子落としただろ。だから遠慮なく、正直に言ってほしいんだ。もしかして、俺がキャッチャーだと投げにくいのか?」 「そんなことないよ。お前はいいキャッチャーだ。配球は適格だし、キャッチングも巧い。とても投げやすいよ」  俺の不安は杞憂だったことが分かりひとまず安心した。だがまだ問題は解決していない。彼の不調の原因は何なのか。 「ありがとう。エースにそう評価してもらえるとうれしいよ。でも、それならどうしたんだ?まさか怪我でもしたのか?」 「違う違う。俺はどこも悪くないよ」 「だったらなんだ?その表情、何か隠してるようにも見えるんだけど」  すると藤堂は気まずそうに視線を逸らせ、 「なんでもないよ」 「おい。捕手は投手の女房役だってよく言われるだろ。つまり俺はお前の女房役だ。どんなことでも相談に乗るって。あ、でも金銭面はだめだからな。お前の方が年棒は高いんだから」  俺の冗談で表情を綻ばせた彼はちらりとこちらを見ると、 「むしろそっちの悩みの方がどれだけ楽なことか」  と言うことは、やはり何か心配事があるってことだ。それなら、 「悩みは一人で抱え込むより、誰かに言った方が少しは楽になるぞ」  藤堂はしばらく逡巡するそぶりを見せてから、大きなため息を吐いた。 「じゃあ、思い切って言うけど、ひかないでくれよ」 「だから、俺はお前の女房役だ。何言われたってひくもんか」  俺の言葉に彼は納得した様子で何度も頷いてから、 「……好きになったんだ」
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