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「なあ。俺たち男同士、腹を割ってなんでも話さないか」
俺はテーブルの向かいに座る藤堂にそう言った。彼はうちのチームのエースだ。これまで五年連続で二桁勝利を挙げている。今年も開幕から絶好調だったのだが、交流戦を前にして急に調子を落とした。失投は増え、サインは見間違え、アウトカウントまで間違える。つまらない凡ミスが原因で失点を重ね、このところ黒星が続いている。
トレードで今年からこのチームに入団し、正捕手になったばかりの俺としては不安でならない。俺がキャッチャーの座に就いたからおかしくなったのではないかと憶測してしまう。こんな状態では他の投手の時にも影響が出そうだ。だからはっきりさせようと、彼を居酒屋に誘ったのだ。
「え?なにが?」
彼はわかりやすい作り笑いを浮かべ、突き出しの枝豆をつまんだ。
「いやさ、最近お前、急に調子落としただろ。だから遠慮なく、正直に言ってほしいんだ。もしかして、俺がキャッチャーだと投げにくいのか?」
「そんなことないよ。お前はいいキャッチャーだ。配球は適格だし、キャッチングも巧い。とても投げやすいよ」
俺の不安は杞憂だったことが分かりひとまず安心した。だがまだ問題は解決していない。彼の不調の原因は何なのか。
「ありがとう。エースにそう評価してもらえるとうれしいよ。でも、それならどうしたんだ?まさか怪我でもしたのか?」
「違う違う。俺はどこも悪くないよ」
「だったらなんだ?その表情、何か隠してるようにも見えるんだけど」
すると藤堂は気まずそうに視線を逸らせ、
「なんでもないよ」
「おい。捕手は投手の女房役だってよく言われるだろ。つまり俺はお前の女房役だ。どんなことでも相談に乗るって。あ、でも金銭面はだめだからな。お前の方が年棒は高いんだから」
俺の冗談で表情を綻ばせた彼はちらりとこちらを見ると、
「むしろそっちの悩みの方がどれだけ楽なことか」
と言うことは、やはり何か心配事があるってことだ。それなら、
「悩みは一人で抱え込むより、誰かに言った方が少しは楽になるぞ」
藤堂はしばらく逡巡するそぶりを見せてから、大きなため息を吐いた。
「じゃあ、思い切って言うけど、ひかないでくれよ」
「だから、俺はお前の女房役だ。何言われたってひくもんか」
俺の言葉に彼は納得した様子で何度も頷いてから、
「……好きになったんだ」
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