第1章

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 こんな悩みだとわかっていたら無理やり聞き出したりしなかったよと思うが口には出せない。だいたい無下に断るなと言うけれど、じゃあどうすりゃいいんだよ。俺は女が好きなんだぞ。俺もお前のことが気になっていただなんて口が裂けても言えるわけがない。  考えあぐねていると、 「あ。まさか、俺が男だから?LGBT差別なのか?」 「違うよ。ほら、仮に女から告白されたとしても、相手がタイプじゃなかったら付き合ったりしないだろ?お前だって同じだ。性別云々は別にして、付き合う相手としては見れないってことだ」  これでどうだ。理屈に合った断り文句だろう。と思っていたら、藤堂はすぐに反論する。 「でもお前、言ったことあるじゃん。全然タイプじゃない女の子でも自分に気があるようなら、とりあえず一回だけやっちゃうかなって」  言ったか?言ったのか?あ……。確か俺の歓迎会を兼ねた飲み会でのことだ。偶然店に居合わせたファンだと言う女の子たちと一緒に飲むことになった。その時藤堂とトイレでそんな話をしたかもしれない。いや。実際にした。そしてやった。でも確か藤堂は酒だけ飲んで帰ったっけ。  不意にテーブル越しに手を握られた。 「だったら俺もお願いだ。思い出作りと思って。な?」  思いのほか柔らかい感触。潤んだ瞳。濡れた唇。 「そんなこと……言われたって……」 「なあ。我々男同士、腹を割ってなんでも話さないか」  どこかで聞いたことがあるセリフを口にした監督は、俺を真正面から見つめる。その眼差しに思わず口を開きそうになるが、やっぱり言えない。 「最近様子がおかしいじゃないか。凡ミスを繰り返すしバッティングも振るわない。君らしくないぞ。何か悩みでもあるんじゃないのか?」  やはりそうか。二人きりで飲みに誘われた時点でピンときた。自分でもわかっている。このところ試合に集中できないのだ。 「君には期待しているんだぞ。なんといっても私自らフロントに直談判して、無理を言って君を獲得してもらったんだからな。こちらもいい選手を放出する結果になったが、どうしても君が欲しかったんだ。それがどうだ」  監督は熱い眼差しで俺を見る。
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