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入り口近くの帳場には闇に溶け込むような皺に埋もれた老婆がおり、そこでやっと地に降ろされたエイブは、その存在に気付くとひどく驚いた。まるで光を歪ませているかのような皺だったのだ。暗闇と光が交互に線となっている。
「ばあさん、部屋開いてるか」
ルゥイの問いに答える代わりに老婆は帳面と黒鳥の羽根筆を差し出した。小さな蝋燭が照らす灯りの中で、彼はすらすらと澱みなく帳面に必要事項を書き込み銀貨二枚と共に老婆に返した。老眼なのか、逆に見えないだろうと思うほど顔の間近にして老婆は書類を読んでいる。終えると、濁った金色の鍵をルゥイに渡した。
エイブは老婆の光のない瞳に恐れを感じ、その様子をルゥイの少し後ろから眺めていた。「間違っても触るなよ」と彼は冷たい。
気を抜くと踏み外してしまいそうな暗く幅の狭い階段を上がろうとした時、「もし」と初めて老婆が声を発した。見た目と同じく気分が暗くなりそうな程皺嗄れた声だった。
「最近この辺りを野蛮な賊がうろついておりまする。お気をつけくださいまし」
そう言うと老婆はまた星貝のように押し黙った。階段を登りきる途中で帳場を振り返ってみたが、所々灯りがあるにもかかわらずエイブは老婆がどこにいるのか見つけることができなかった。暗闇が彼女を呑みこんだ。そう思った。
部屋は二階だった。先を行くルゥイが部屋の扉に金色の鍵を差した。木製の古い扉だ。この宿は崩れたりしないだろうなと思いながらエイブは彼に手を差し出した。その手を見て、ルゥイが怪訝な顔をしている。
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