2<旅人の休み場>

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 足場は粗岩が転がり所々沼地になっていて、一面苔に覆われた安定しない道だったが、彼らの目的地へ向かうには断然近道でしかも人通りが少ない。そういう道を、ルゥイは選んだのだった。彼は解消されたといっても自分が指名手配犯であったことを気にしていた。徒に周りを騒がせることはないと考えてもいる。エイブは彼のその配慮に気づいていない。  谷間には翠の石を敷き詰めた細く長い川が流れ、その澄んだ水を飲みに山から白鹿や小判熊の家族が緑緑とした山から降りてきている。朱色の渡り鳥の群れが空を覆い、エイブは思わずその夕焼けのような光景に見惚れた。  隣を見れば、ルゥイも目を輝かせている。どうやら生き物が好きらしく、急に走り出したかと思えば苔の中を歩いている大きな鋏蜘蛛を捕まえてその鋏で自分の抜いた髪の毛が何本まで一気に切れるか試している。    その様子を見て禿げればいいと思いながら、世間に出回る噂とは随分印象が違うものだとエイブは思った。大罪人のルゥイに纏わる噂は幾つもあり、その一つが虫をも好んで嬲り殺すというものだったが、目の前で生き生きとしている彼がそういうことをするとはどうも思えなかった。 「この谷を越えれば、〈トル・ヴァン(旅人の休み場)〉だな」  エイブの声に蜘蛛に夢中になっているルゥイはぞんざいな頷きで答えた。この男は愛想と言うものを知らないようだとエイブは思ったが、同じことを彼も思っているということを彼女はわかっていない。  日が暮れて間もなく、二人は〈トル・ヴァン〉に辿り着いた。小さいが陽気な町の姿を見つけると、エイブは足に疲労が溜まりだるさが全身を覆っていることを俄かに自覚し始めた。  隣を見るとルゥイは涼しい顔のままで歩いている。彼が背負う長く黒い剣は相当に重いはずだがと不思議に思う。
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