1〈食彩の市場〉

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 町は活気に溢れている。〈カイド(食彩の市場)〉は海に面し、山を背後に控える、小さな街だ。港は大きく、そこに自国、異国を問わず様々な食糧が運び込まれる。多種多様の食材が集まるこの市場は〈ラ・シン(魔術と剣の国)〉の民だけでなく山脈を隔てて隣接する〈シルスティン(銀と鋼の国)〉や、〈フェアラ(花と妖精の国)〉の民までやってくる。皆純粋に、彩り溢れる食材を求め訪れた者達ばかりだ。 〈カイド〉には市場の他に大小様々な食堂があった。肉料理、魚料理に特化したもの、安い値段でたらふく食べることのできる大衆向けのもの。素材にこだわった高級店。どの店もこの〈カイド〉で調達した食材を使っていて、例外なく新鮮で美味い。  その中のこじんまりとした鉄板焼きの店にエイブはいた。  薄暗く肉の匂いが充満した店の隅に腰かけ、注文した黄金色の角切羊肉が黒い鉄板皿の上でほどよい焦げ目をつけ焼き上がっているのをじっと見つめていた。脂の跳ねる音が耳に心地良く、食欲を刺激する。思わず唾を飲み込み、さあ食べようと肉を黄色い杉串で一度に二つ、刺した。  口に入れ広がる脂の汁気に頬を緩ませかけた瞬間、店の外で男達の叫ぶ声が聞こえた。肉が喉に詰まり慌てて水を飲む。叫び声は暫く止まず、店員が何事かと外の様子を窺っている。 「一体、何だ?」 「賞金首の指名手配犯が、隣の区画で見つかったそうですわ。おお、怖い。こっちに来なきゃいいけれど」
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