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怖いと言う割には落ち着いて肉を焼き続けている店員に金貨を支払い、エイブは串に刺した肉を頬張りながら外に出た。初夏の湿気が顔に当たる。最近はめっきり気温が高くなった。
白麻でつくった上着の衿が風ではためく。額まですっぽりと覆う黒いターバンを締め直し、腰に差している剣の柄に手を置いた。耳を澄ませる。遠くで、叫び声が聞こえた。声のする方角に向かい、エイブは走り出した。
鉄板焼きの前の通りは野菜を中心とした市場が並び、叫び声はその向こう、魚介を売っている市場から聞こえてくるようだった。真っ赤なアックルの果実が並ぶ店を通り過ぎる。肩をぶつけた客の野次を背に受ける。ばらばらな方向を目指す客達が入り乱れているためなかなか前へ進めない。
魚市場は背の高い大きな天幕を張った中にあり、魚達が腐らないようキイス(雪の女神)と呼ばれる雪の結晶を散りばめている。それで気温の高い夏場でも、魚を新鮮なまま捌くことができるのだ。
エイブはやっとのことで天幕の中に足を踏み入れた。その途端耳の先まで凍るような冷気が襲ってきた。まるで真冬だ。外が夏であることを一瞬疑う。歯を食い縛りながら聞こえてきた怒声の方角を見定めようとした。
声は次第に大きくなっていく。おそらく手配犯に懸けられた賞金に目が眩んだ人間がどんどん増えているのだろう。市場の商人達は不安げな顔で声のする方を見つめていた。
急がねば。エイブは寒さを置き去りにするように全速力で走り出した。
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