24人が本棚に入れています
本棚に追加
「そっちへ行ったぞ。回りこめ! 絶対に逃すな!」
手配犯は天幕内に二つしかない、エイブが入った方とは真逆にある出口から逃げようとしているようだった。だが血気盛んな追手は二十人程いて、すでに数人がその出口を塞ぐようにして待ち構えている。
手配犯が、背負っている長剣の柄に手を掛けるのが見えた。まずい。エイブは近くにあったキイスを掴んだ。追手を見据えてそれに大きく息を吹きかける。
息とぶつかったキイスは生き物のように身体を震わせ、真っ白な氷晶の濃霧を巻き起こした。白く煌めくヴェールが辺りを包む。冷たい氷の粒に視界を遮られた追手が動きを止めた。その隙にエイブは手配犯の腕を掴んだ。
「こっちだ」
追手の横を擦り抜けエイブと手配犯は市場を走り抜けた。ひたすら走る。〈カイド〉の端から町を出る。町から少し離れた場所にある灰色の岩山の中腹まで来てエイブは足を止めた。
「ここまで来たら大丈夫だろう。危なかったな」
エイブはそこで初めて手配犯の顔を見た。赤色の、細い髪と切れ長の二つの瞳。背負っている黒く長い剣。その柄には国王から賜ったとされる〈ラ〉石の結晶が七つ嵌めこまれている。
エイブは黒い腰帯の内側に挟んでいた手配書をそっと出して見比べた。間違いない。確信する。
(―この男こそ、元〈ラ・シン〉七賢人の一人、ルゥイだ)
最初のコメントを投稿しよう!