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エイブは逸る心を押さえ切れずルゥイに手を触れようとした。だが手は黒い鞘で弾かれる。思いがけない行動にエイブは驚いた。
「俺に触んな、馬鹿野郎! 痒い…。痒くて堪んねえよ、畜生!」
ルゥイは長剣の鞘で背中を掻き始めた。国王から賜った由緒ある剣を背中を掻くために使うとは。彼の突拍子もない行動にエイブは唖然として声も出ない。
「てんめえ、余計なことしやがって。助けてやったなんて思い上がってんじゃねえぞ。二十人や三十人の追手、俺一人で十分なんだよ。余計なお世話、ありがた迷惑だってんだ」
感謝の言葉を掛けられると―少なくとも、罵声を浴びせられることなどないと思っていたエイブは、ルゥイの態度に今度は憤慨して言葉を失った。
(何だ、こいつは。元七賢人というから、どれほど優れた人格者かと思えば、とんだ性悪じゃないか)
エイブの怒りを気にも止めずルゥイはまだ背中を掻いている。
「それに、何だよ。そんな短い髪しやがって、剣士みたいな恰好してるくせに。女だな、お前」
エイブは突然のことに茫然とした。黒いターバンを額まで覆うことで顔を隠し褐色の髪を短く切り揃え、少し大きめのズボンを穿き、厚底のブーツを履いて背が高く見えるようにし、男装していたのだ。今まで誰からも見破られたことはない。
それなのに、何故ばれた。自分の正体を知っているのか。
動揺したエイブは思わず剣の柄を握った。緊張が全身を巡る。剣を抜こうと力が入る。
だが柄を握った右腕は僅かも動かなかった。いつの間にかルゥイの手が被さり、その動きを止めていたのだ。気付かなかった。ルゥイの突き刺すように鋭く赤い目に見つめられ、冷や汗が背を伝う。
「やめとけ。お前みたいな隙だらけの奴、一瞬で仕留められるぜ」
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