1〈食彩の市場〉

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 彼の瞳は穏やかで底知れなかった。自分の内側を見透かすような視線。  ここで死ぬのか。  無念の思いを噛みしめていると、ルゥイが突然手を離し、また鞘で背中を掻き出した。 「痒っ! 畜生、女なんか全員死んじまえ!」  どうやら彼は女性に触れると発疹するようだった。だから巧妙に隠していたつもりでもエイブの変装を簡単に見抜いたのだろう。  気が抜けたエイブは近くの岩に腰かけ、全身を掻き毟るルゥイの症状が収まるのを、ぼんやり眺めて待った。  掻き毟った身体が赤く腫れ、全身赤色になったルゥイは、乾燥して皺だらけになり転がっている野苺のように見えた。笑いを噛み殺すエイブを鬼のような形相で睨んでくる。怒り出すかとエイブは身構えたが、何も言わずに突然歩き出した。 「待ってくれ。どこへ行くんだ」 「うるっせえよ。飯には食いっぱぐれるし、身体は痒いし、散々だ。どこか違う町に行って、腹ごなしする」 「この辺りに〈カイド〉以外の町はないぞ。もし私に協力してくれるなら、持ってる食糧を全部やろう」  慌てて引き止めようとするエイブが身体に触れそうになり、ルゥイは慄いてそれを避けた。あまりにも必死に避けるので身体が一回転している。 「馬鹿野郎、気をつけろよ!」 「す、すまない」  思わずエイブは謝った。近くに寄っただけで痒くなるのか、ルゥイは嫌そうな顔を隠さない。対女性発疹なんて聞いたことがない。人口の半分は女性だというのに。難儀な病だとエイブは少し同情した。同時に面倒な奴だとも思っている。 「食い物なんて、この辺りの岩ウサギでも獲って食ったらぁ。女の助けなんて借りるか」  ぺぺっとルゥイは唾を吐きかけてきた。エイブは怒りを通り越して呆れている。その辺の子供よりも精神が幼い。これが、元七賢人。〈ラ・シン〉の叡智と呼ばれる七人の一人…だったはずだ。  彼女の呆れなど気にも留めずルゥイは赤い髪がぼさぼさになるまで掻いている。
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