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あれはいつだっただろう。パパが死ぬすこし前だったかな。僕が虫をふんで遊んでいたときだ。パパがやってきてこう言ったんだ。
「虫をいじめちゃだめだ。ちいさな蟻だって、がんばって生きているんだぞ」
僕にはその意味がわからなかった。
「生きるってどういうこと?」
パパは大きな身体をいつものように揺らして笑った。
「生きるって、すごいことなんだぞ。それに、生きるって楽しくて幸せなことさ。きっと大人になればわかるさ」
「子どもの僕は、わからなくていいの?」
「いや、そうわけでもないけどな」
パパは、僕のあたまをなでた。
僕はこまってしまった。
だって、わからなかったんだ。
生きるってことがわからない。楽しくて幸せなことだって言われてもわからないよ。だって、生きるってふつうのことじゃないか。
日はすっかり傾いて、僕の影は、僕の三つ分くらい伸びた。僕は疲れて、ただボウっと庭のすみっこを眺めていた。こんもりと盛られた土の真ん中にさしてある細い木の棒。
そう言えば、あれは……。
あることを僕はおもいだした。
ママが死ぬまえの日のことだ。
僕が庭でボール遊びをしていたときだったかな。庭のすみっこでなにかしているママを見つけた。そばに寄っていくと、ママはスコップで小さな穴を掘っていた。
「ねぇ、なにをしているの?」
僕はきいた。
「お墓をつくっているのよ」
「お墓?」
「そうよ」
ママは、スコップを置くと、そばに置いてあった白い布をひらいた。それは今朝、水槽のなかで動かなくなっていた金魚だ。ママは優しく金魚を手のひらに乗せると、穴のなかへ入れた。
「それ、意味あるの?」
「もちろんよ。金魚さんのゆっくり休む場所をつくっているの」
ゆっくり休む場所? 水のなかでは、休めなかったってこと?
僕は黙って、ママのすることを眺めていた。ママは、金魚の上に土をかけ、小さな山を作ると、どこからかもってきた木の棒をてっぺんにさした。
「ここはお墓。金魚さんが眠っているから、踏んじゃだめよ」
僕は、ママがなんのために、そんなことをしているのかわからなかった。そして、今日までずっと心にそれが引っかかっていた。
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