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美冬が生まれて
*谷 修二*
師走に入り、まわりだけが慌ただしく、僕を置き去りにして過ぎてゆく。
ベランダの窓から、札幌市街の夜景を眺めた。
この街のどこかで君も暮らしているのだろうか。
今なにをしているのか。
ーー有紀。
幸せであってくれることを祈る。
今の僕にできることはそれだけだから。
群青色の暗い空から細かな雪が降りていた。
明日の朝までにはかなり積もるのだろうか。
通勤することもなく、家に閉じこもっているものにとって、天気予報はそれほど気になるものではなくなっていた。
クリスマスも師走もまったく関係がなく、変わりばえのない与えられた毎日をただ坦々と生きている。
白髪がめっきり増えた。
34歳ともなれば、それほど不思議なことでもないだろう。
禿げ上がるよりはまだマシか。
テレビに出ている人気アイドルと同じ年とは到底思えない。
今さら容姿が気になるわけでもないけれど。
未だに生きているのが不思議に思えるくらいだ。
麗奈に去られ、深刻な鬱状態に陥ったものの、なんとかそこから這い上がれたのは、母をこれ以上苦しめるわけにはいかないと思ったから。
僕以上に食事が喉を通らなくなってしまった母は、やせ細ったというよりも、全体的にふたまわりも小さくなったような気がする。
親にこんなに心配をかける息子になるとは、正直まったく想像もしていなかった。
ーー早く結婚して幸せな家庭を築いて。
以前母が僕に望んでいたことは、そんなたわいのないものだった。
母が今の僕に望むことは、ただ生きていてほしい。それだけに変わっていた。
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