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沙耶と礼一は礼一の実家に住むのである。
礼一の母は礼一のきまじめさにもううんざりしている。しかし礼一は若いころ母に苦労をかけた。
沙耶は、彼女と礼一の年の差を気にしていた。それは礼一も同じだった。
きっと、人は結婚しなければ。
礼一の母は言った。
「そうか。私は孫の顔が見られるのか。お前もずいぶん文通とかしていたけれど、とうとう決まったか」
映画「八ッ墓村」のもとになった事件は、結核の青年が次々と女性に言い寄り、そのことが村人たちに嫌がられて、青年は孤立していった。そのため、青年は、その状況の意味(「早く誰かとくっつけよと村人たちは思っていたに違いない」がわからず、ライフルを手にして、懐中電灯を頭に差した異様な風体で、村人をたくさん殺したのである。
(僕も、人は殺していないけど、同じような状況に陥った)礼一は思った。
ふたりの精神障害は、こういう「お前ら早くくっつけ!」という周囲からの後押しなのだと思う。荒っぽいけど。ふたりが一緒になれば、ふたりの精神障害(誰かに見られている感じがする、とか)は回復するのだ。
「ねえ、礼一さん。得意料理は?」
「チキンスープ。セロリとトマトと鶏むね肉とコンソメで作るんだ」
礼一は言った。
「そうなんだ。私は味噌汁。たっぷりの煮干でだしをとるの」
沙耶は答えた。
「正直、初夜って怖いかも」
礼一は年甲斐もなく恥ずかしがる。
沙耶は、もじもじして、冷蔵庫のほうへ行き、冷蔵庫の扉を開けて、メロンゼリーを二個取り出した。
「一緒に食べよう」
大きな栗の木の下でー。
「結婚しよう」
礼一は言った。
沙耶は答えなかった。まだ返事をしないでいたいのである。
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